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David Warren
Ambassador to Japan, 東京今日は、世界人権デーです。
先日、デス・ペナルティー・プロジェクトというNGOが、 大変興味深く、重要な訪日を果たしました。この団体は世界各地で死刑に直面している人々の人権を擁護するために活動している組織です。申し上げるまでもなく、日本は死刑存置国です。時折、事実上死刑執行が停止されることもありましたが、今年の7月、二人に死刑が執行され、EUは日本に対し、代替的な処罰を見つけ出すこと、あるいは、少なくとも現行の国際的基準の確実な実施を積極的に働きかけています。
死刑を擁護する人々は、世論の支持が高いことを指摘します。しかし、数字からは、より詳細に分析する価値のあるニュアンスが見受けられます。日本では、死刑適用について議論されており、その理由として、昨年導入された裁判員制度や、過去と未来における冤罪の可能性に対する懸念、また、他の多くの国々で見られる世論や政治的な意見の変化などがあります。デス・ペナルティー・プロジェクトのメンバーは、国会議員、弁護士、市民社会の人々と面談しました。考え方を変えるということは、時間のかかるプロセスです。しかし、死刑への問題意識があり、私たちは、将来、廃止が現実的な展望となる期待を抱きつつ建設的な貢献をしたいと考えています。
David Warren
英国はどんな状況であれ死刑制度に反対しており、外務省は世界的な廃止に向けて積極的に活動しています。英国外務省の人権戦略や、死刑制度に反対する活動に関する詳しい情報については、外務省のウェブサイトをご覧ください。
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先日、日産の電気自動車「リーフ」を運転する機会を得ました。追浜にある日産のグランドライブにおいて、私が時速100kmで飛ばしている写真をご覧ください。
なめらかさ、静かさ(歩行者への危険を避けるために、低レベル警告音を出します)、停止状態からの楽な加速、高度な快適性などの特長があります。 また、ゼロエミッションやリチウムイオン電池動力など、環境への配慮と、実用的かつ機能的な走りの、真のライフスタイル・チョイスだと思います。
私はドライブを満喫しました。
David Warren
7月中旬のウィリアム・ヘイグ外務大臣の訪日は大きな成果を収めました。
ヘイグ外相はロンドン以外で初めて行なったスピーチの中で、新しい英外務省の政策課題における新たな商業主義の重要性を明確に示しました。私たちの役割は英国の国益を促進することであり、それは英国の商業的な利権を意味しています。日本では、対英投資誘致の業務に常に重きが置かれています。ヘイグ外相は新しい日産リーフに試乗しました。日産リーフは、日産が2012年から英国のサンダーランドで生産を開始する電気自動車です。
貿易促進については、日本市場の自由化を強く迫り、英国企業の輸出だけでなく、日本企業の成長にも役立つ非関税障壁の撤廃を求めました。言うまでもなく、こうしたビジネスは、日英両国政府が対応すべき政治的・経済的な問題のほとんどと極めて強く繋がっている日英関係を背景にして行なわれます。
日本市場に対する英国企業の関心は依然として非常に強く、私たちは今週と来週に2つの通商使節団をサポートします。35社以上の英国企業が日本でのチャンスを探ります。
David Warren
今週、2012年にロンドンで開催されるオリンピックとパラリンピックに向けて、2年のカウントダウンが始まりました。
駐日英国大使館ではこれを祝うと共に、この大会が多様性と環境を包含し、ヨーロッパ最大の都市公園を大会後に残すものになることを示すために、大きなイベントを開きました。夏季オリンピックのバルセロナ大会とアトランタ大会の女子マラソンでメダルを獲得した有森裕子さんと、冬季パラリンピックのトリノ大会と長野大会のスキー競技でメダルを獲得した大日方邦子さん、そして日本オリンピック委員会のメンバーの方々に出席していただきました。
訪日中のイースト・ミッドランズ通商使節団の方々にも参加していただき、喜ばしく思いました。日本のオリンピック選手団は、スポーツの最新の研究と技術で有名なラフバラ大学でトレーニングを行なうことになっています。こうしたイベントは、人と人との交流、教育パートナーシップ、スポーツや文化の繋がり、貿易と投資のサポートなど、大使館業務の主題の多くを一つにまとめるものになります。
シドニー大会の柔道で金メダルを獲得した井上康生さんのショートビデオも是非ご覧ください。2012年ロンドン大会への準備を、別のアングルから見ていただけるものと思います。
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先週の木曜日に日本がデンマークを破った時、国内は幸福と陶酔のムードに溢れていました。そして今は、パラグアイ戦に注目が集まっています。
イングランドは残念な結果に終わりました。私は昨日の朝、米国とイタリアの大使と一緒に朝食をとっていましたが、私たち三人とも沈んだ気持ちになるのに十分な理由がありました。でも、私は、今夜の日本の勝利のために祝杯を上げたいと思っています。
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マクレイ氏は1960年代に成長する日本の経済的重要性を認識した初のジャーナリストでした。1962年9月に発刊された彼の独創性に富んだエッセイ「Consider Japan」は、当時の日本経済を魅力的かつパワフルに分析したもので、安い模造品をつくっている貧しい途上国として日本を見ていた人たちにとっては、その考えを直す重要なものでした。エコノミスト誌の死亡記事は、その他にもマクレイ氏の洞察力と先見性を示すものとして、数多くの例を挙げています。
明治維新後の19世紀後半と同じように、日本が産業大国になろうとしているという認識の突然の衝撃は、私が前のブログで書いた英国政府の貿易促進活動、1970年代初頭の当時の貿易産業省における対日輸出促進課の設立、日本との貿易投資の繋がりに関する大使館の活動の重要性へと直接につながり、現在も続いているのです。(「Consider Japan」の2年後に、 東京オリンピックによって、世界は日本の成功に気づくことになります。)
マクレイ氏に関するエコノミスト誌の死亡記事をぜひ読んでください。それは非常に有力な思索家で、東京で働いている私たちの現在の活動の中に今も影響を感じられる人物に対する賛辞となっています。
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昨日のBBCウェブサイトの「On This Day」に掲載されていた非常に面白い記事には、初めて展示会用に造られた船で1964年にロンドンで開催されたジャパン・トレードフェアのことが紹介されていました。
一方、1965年秋には東京で英国展が開かれました。この展示会は、英国にはウイスキーや毛織物以外にも輸出製品がたくさんあるということを示すためのものでした。確かにスコッチ・ウイスキーは素晴らしい輸出品ですが、それが英国の対日輸出全体の中で占める比率はほんのわずかであるということを、私は皆さんに改めて申し上げたいと思います。現在、英国はヘリコプター、ガスタービン、医薬品、科学機器、食品、飲料など、毎年80億ポンド以上のありとあらゆる製品やサービスを、日本向けに輸出しています。英国の小売業者が日本の目抜き通りに店を構え、英国の食品や飲料がデパートで販売され、英国の音楽も人気があります。
日本企業1400社以上が対英投資を行なっており、10万人以上を雇用しています。三大自動車メーカーであるトヨタ、日産、ホンダは、毎年つくられている車の半数を英国で生産しています。BBCの記事が触れている成長の減速は、実際のところ日本の投資を妨げてはいません。2009年はゆるぎない実績の一年となりました。しかし、それを当り前と考えることはできません。厳しい欧州の投資市場にあって、次の工場、研究開発センター、販売本社などが、他の欧州諸国ではなく、英国に設けられるようにするために、私たちは競争を続けていかなくてはなりません。
記事が述べているように、英国は第二次世界大戦直後の数年間に、足場を固めるのに時間がかかりました。しかし、この記事で紹介されているような日本の貿易促進使節団は、私も1970年代後半に初めて駐日英国大使館で勤務した時に手がけたのを覚えていますが、日本の評判を高める上で大きな功積を果たしたのです。そして、私たちが行なった輸出促進キャンペーンも大きな力となりました。現在、急速に成長しているアジア市場に企業が焦点をあてているのは無理もないことですが、私たちは日本が重要であり続けているということを忘れてはいけません。10年前に「アクション・ジャパン」というキャンペーンを展開した時に言っていたことですが、「日本人は要求が厳しいが、世界で最も信頼の置けるビジネス・パートナーです。毎年日本で成功を収めている数多くの英国企業なら、世界のどこででも上手にやっていけます。」
ビジネス関係のイベント情報については、英国貿易投資総省のウェブサイトをご覧下さい。
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先週末の数日を、私は四国の愛媛県で過ごしました。地元の日英協会における講演のお招きを受け、日本と英国の相違点についてお話しをさせていただきました。また、愛媛県知事や松山市長を表敬訪問したり、多大な対英投資を行なっているグループの傘下にある大手ヘルスケア企業のパナソニック四国エレクトロニクス株式会社を訪れました。
長い多忙な一日の終わりに、私は道後温泉の湯船に浸かりました。ここは夏目漱石の不朽の名作である「坊ちゃん」で有名な場所です。松山は伝統と技術を育んできました。坊ちゃん列車に乗って、市の中心から道後へ行けば、漱石と同じように温泉を堪能し、19世紀後半にタイムスリップしたような感覚になります。
しかし、今回の訪問では、明治時代の日英文化交流の素晴らしい日々に郷愁を感じる、日本の友人たちと私が時折交わすような会話の内容にはなりませんでした。(いずれにせよ、1900年から1902年までの2年間、執筆と研究のためロンドンに滞在していた漱石は、かなり悲惨な状況にありました。)
ここ2年ほどの間に私が訪れた日本各地と同じように、現在メディアで大きく取り上げられている話題が、松山でも会話の中心でした。その日は松山市長に始まって、少なくとも4回は、ギリシャの経済危機について、そして危機とユーロ圏との関わりについて尋ねられました。これは日本にとって重要なことなのです。
先月の輸出は一年前を40%超えていました。EUへの輸出は20%増でした。欧州の下降が、日本やその他の国々の対欧輸出需要減につながるのではないかという懸念は、悪影響のリスクに日本の考えの焦点があてられているということを意味しています。日本の株式市場は神経が過敏になっています。しかし、国債の95%が依然として国内で所有されている債券市場は、安定を続けています。それでもなお、来週のカナダにおけるG8とG20の首脳会議に先立って、財政強化へのもっと積極的なアプローチの基礎準備に関する公の討議に首相が焦点をあて始めているのは興味深いことです。日本政府が如何に財政規律に力を入れるかは、近いうちに新しい財政枠組みが明らかになった時にはっきりとするでしょう。
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大方の予想通り、菅直人副総理が鳩山由紀夫総理の後を継ぎ、新しい閣僚の任命を行ないました。大多数は前内閣からの再任で、7月11日に投票が行われると予想されている参議院選挙までは、少なくともこの顔ぶれとなります。
昨年、英国政府がどのように組織されているのかを知るために、菅氏が英国を訪れる前と、帰国した後に、私は何度か菅氏にお会いしました。英国の内閣府が政府省庁間の政策調整を行なっているやり方、そして予算の正当性を図るために省庁が一定の結果に対する説明責任を負っているメカニズムなどが、日本にとっての手本になると菅氏は公の場で述べておられました。
このブログの中で以前に書いた英国の官僚と政治家との関係について、民主党の中で実際に関心が高まっているのに対応し、私たちは日本と英国の政策立案者や行政担当者間の緊密な繋がりを継続していきたいと強く思っています。こうした関心は、官僚に対する影響力をもっと強め、政府の政策をつくる上でもっと政治的なマネジメントを関わらせたいと思っている、新時代の日本の政治家の要望の一環なのです。
1990年代に血液製剤による薬害エイズ事件が起こった時に、菅氏は厚生大臣として官僚と闘ったことで日本では有名です。昨年8月に政権の座に就いて以来、民主党が力を入れている気候変動問題に、菅氏も同様に重きを置いてほしいと私は願っています。2020年までに炭素排出量を25%削減するという公約を菅氏が改めて述べたことを心強く思いました。
しかし、現時点では、参議院選挙にすべての注目が集まっているようです。新聞各紙は、国会は6月中旬に会期末を迎え選挙戦に突入すると報道しています。
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数日前に、エジンバラからワイトご夫妻がいらっしゃいました。アリステア・ワイト氏は、1945年8月に英国海軍軍艦リターン号(HMS Return)の就役で東京を訪れた8名の英国船員の一人であり、太平洋戦争開戦から数ヶ月が経った1942年半ばに英国人スタッフが英国に送還されて以来閉鎖されていた英国大使館を再び開設した方です。
彼と奥さまのキャサリンさんは共に86歳で、1945年以来これまで東京を訪れたことがありませんでした。私は戦争直後の東京に関する彼の回想に、すっかり魅せられてしまいました。
銀座ではデパートがちゃんと開いており、混乱の中で店員が品物を安く売っていたそうです。東京の大部分は空襲の被害を受けていましたが、大使館の正門前には路面電車が走っていました。もっともなことですが、日本人は外国兵と親しく交わることにあまり気が進まなかったようです。そして、もちろんアジアでの紛争における帝国陸軍の残忍な行為の後だったので、連合国側にはかなり訝る気持ちがありました。しかし、彼や彼の仲間たちが東京で会った日本人の中には、非常に親切な人たちもいたそうです。
ご夫妻の旅は、結婚60周年を祝うという意味もありました。また、今回は、英国宝くじのヒーローズ・リターン・プログラムからの資金提供を受けての来日でした。彼はご自身が21歳だった時に、大使館の家の庭にあったベランダの階段で撮した写真を見せてくれました。この場所は今でも残っており、私たちはその場所へ行って、65年ぶりに写真を再現しました。ご夫妻からは、リターン号の帽子のリボンをいただきました。彼の想い出に耳を傾けるのは、非常に感動的で、胸がおどる出来事でした。
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先週、英国大使館でがん治療の臨床試験に関する、すばらしいセミナーが開かれました。米国や、韓国、そして日本医療政策機構も参加しました。
日本はこの分野(や他の分野)で、依然として非常に規制の強い社会であり、そのことが、臨床試験の結果が患者のためのケアを向上させるスピードと効果をスローダウンさせているのです。つまり、試験に参加している患者が少ないのです。
私たちは日本政府がセミナーの結果に関する白書を作成するのを手助けしていますが、今回のセミナーではヘルスケア専門家、科学者、研究者、患者行動グループなどの興味深い交流が行なわれました。私たちはこの作業が影響力を持ってほしいと思っていますし、その効果についてモニタリングを行なっています。
有名な歌手、作家、そして学識者(日本ユニセフ協会大使)であるアグネス・チャンがセミナーで行なったスピーチは感動的でした。彼女自身もがん治療を受けたことがあり、現在は患者グループが情報を入手しやすくなって、もっとこの活動に関われるようにするため、積極的に動いています。
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支持率の低下や、沖縄の米軍普天間基地問題での社民党の連立離脱などにより、鳩山首相の退陣の噂が報道されていましたが、昨日午前中の鳩山首相の退陣表明は多くの人に衝撃を与えました。退陣表明ならびに普天間問題の未解決に対する謝罪は、感情に訴えるものでした。
必然的に、2006年以降、日本の歴代首相の中で一年以上務めた人がいないという事実について、政治評論家たちの間で懸念する声が聞かれています。日本では政治制度に関する活発な議論が行なわれています。そして、英国をはじめとする外国から日本が学べるものがあるかどうか、政府がどのように運営されるのか、政界と国民の関係などについても討議されています。(この関係については、今週、ある日本の財界人の方が講演で’依然としてきわめて閉鎖的’と表現されたのをお聞きしました。)
しかし、首相の退陣について考える時、私たちは鳩山首相の下で日本が気候変動問題に関して示したリーダーシップを覚えておくべきです。それは、2020年までに炭素の排出を25%削減するという目標で、昨年のコペンハーゲン会議への準備期間として気候変動に関する討議をスタートさせるのに役立ちました。また、アフガニスタンの安定のために、今後5年間に50億ドルを拠出するという寛大な支援を、今年初頭に日本は発表しました。さらに、外国の投資家や日本企業などにとって長期的に見て有益となる規制緩和を進展させる必要性など、いくつかの困難な問題に政府は対応し始めました。
民主党の新しい代表(そして国会で承認されれば、新しい首相となる方)が明日選出されます。それについてはまたブログに書きたいと思います。
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駐日英国大使館の周辺に咲いている桜は、東京でも指折りの名所です。1890年代にサー・アーネスト・サトウ英国公使が、この地に桜の木を植えました。サトウは日本における領事業務スペシャリストの先駆けの一人であり、優秀な学者でもありました。彼が著した「一外交官の見た明治維新」は、非常に有名な回顧録です。例年の如く、先週も数多くの人々が大使館の辺りを散策し、見事な桜に感嘆の声を上げていました。大使館の敷地内では、商務、政治、経済、メディア、科学関係などでお付き合いのある方々をご招待してお花見の会を催し、桜の美しさと季節の移り変わりを共に楽しんでいます。昨日は政治家の方々をお招きしてパーティーを開きましたが、数多くの国会議員の皆様がお花見に来ていただき、とても嬉しく思いました。そんな中、「長州ファイブ」の写真が飾られていることに、お一人の方がお気づきになりました。彼らは日本が西洋の影響力や技術革新に門戸を開いた明治維新の5年前である1863年に、ロンドンのユニバーシティ・カレッジで初の日本人留学生として学んだ真の先駆者でした。今から約150年前のことですが、日英両国の繋がりは今も依然として強力です。サトウ公使が植桜したのは約120年前ですが、桜は今でもこうした繋がりを象徴するものの一つになっています。
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検討中の気候変動法案の効力を、日本政府が弱めているという懸念すべき兆しがみられます。これは純粋な数値よりも、原単位を基にした排出取引目標を検討すべきであるという考えのようです。これは依然として政府の野心的な目標に反対している日本の産業界を満足させるための妥協です。しかし、少なくとも法案には排出取引の原則の認識があります。
法案がどのように法律になるべきかという闘いは続いています。昨年8月に政権に就いて以来、政府が本件に関して持ち続けている前向きな姿勢をこれからも維持して欲しいと思っています。
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